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Rolls-Royce Bentley Specialist

株式会社シーザートレーディング
TEL.
042-480-2222 (
営業時間10:00~20:00)
東京都調布市西つつじヶ丘1-58-12

BENTLEY HEADLINE

R-TYPE

 
 AUTOMAKER BENTLEY
 
  MODEL

R-Type 2 DOOR SALOON


Coachwork by James Young
 
  YEAR 1953 
  EXTERIOR RED PEAL

(レッドパール)
  INTERIOR SOFT TAN-LEATHER 

(ソフトタン・レザー)
  PRICE \ ASK 
  VIN B8WH
  AMMENITIES


本国仕様 右ハンドル    




直6 4566cc  4速フロアMT SUツインキャップ






全長:512cm


全幅:181cm


全高:163cm


重量:1920kg




定員:5人



*装備:



クーラー付き 




ピクニックテーブル 




ハンドメイド総アルミボディ 




内外装機関共に超極上車 





車検:平成29年 8月27日まで






 
  COMMENT


Rタイプ「2ドア・サルーン」




By:「ジェームス・ヤング」










1953年から1955年の僅か3年間にのみ生産された「Rタイプ・ベント



レー」の「コーチビルド・モデル」である。






ロールス社が、自社でボディ製作まで行うようになるのは、第二次世界大戦後



から(正確には1946年から)のことで、戦前は、エンジンとシャーシ、



及びボディ以外の付帯機器のみを販売するメーカーであった。



この戦後、ロールス社で自社製作されたボディを「スタンダードボディ」と



呼ぶ。




基本的に、ロールス社は、4ドアサルーンモデルしか作らず、更に総アルミボ



ディも作らなかった(作りきれなかった)為、「スタンダードスチールサルー



ン」と称されることが多い。*開閉部位以外のボディがスチール製





また、戦前の全ての個体が、そうであったように、俗福なオーナーの好みによ



り、好きなコーチビルダー(ボディ製造屋)に、自分の好きなデザインで発注



して製作されたボディの車を「コーチビルド・モデル」と呼ぶ。





コーチビルダーは、英国で名が残るだけでも200社以上が存在したが、



ロールス・ベントレー様を手掛ける事が出来た会社は、メジャー系10社ほど



でしかなかった。





「コーチビルドモデル」は、1962年にロールス社の傘下となった「マリー



ナパークウォード」社によって近年まで(2003年までのコンチネンタル・



シリーズが最後と思ってよい)製造されていたが、その他のコーチビルダーは



時代の波に乗れず、次々と淘汰され、1968年のジェームス・ヤング社の作



品(シャドウ・ベースの2ドアクーペ)を最後に昔ながらのメジャー系のコー



チビルド・モデルは姿を消した。






因みに マイナー系コーチビルダーでは、知る限り、1971年にイタリアの



FRUA社が、2台のファンタム6を(2ドア・クーペとカブリオレ)、



1980年代の終わりにロバートジャンケル社がターボRをベースに数台の



2ドア・クーペやカブリオレを完全にボディから製作したが、これは、歴史の



本には載るまい。 (と、思っていたら、近年 再評価されている)







さて、話を本題に戻そう。



Rタイプ・ベントレーのコーチビルドモデルの総生産台数は「283台」



(スタンダードモデルは、2039台)。





コーチビルダーと生産台数の正確な内訳は、生産台数の多い順に、




1. ジェームスヤング     :69台



2. HJマリナー      :67台



3. パークウォード     :50台



4. フーパー        :41台



5.フリーストン&ウェッブ:29台



6. ハロルドR       :20台



7. アボット        :16台



8. グラバー         :7台



9. フラネイ         :2台




他2台でトータル283台。




この上位3社が、泣く子も黙る 英国コーチビルダーの「御三家」である。






当車輌は、生産台数の最も多かった、、つまり、最も人気があったジェームス



ヤングの作品で、非常に珍しい2ドア サルーン。




注) 私の数えでは「69台」ではなく、「56台」だが、どちらが正しい



   かは、後の専門家調べに 任せよう。








どちらにしても、上記、生産台数中には、いくつかのデザインが存在し、多く



は4ドア・サルーンで、2ドア・モデルは、専門書によると16台とされてい



る。




2ドア系ボディのデザインは、知る限り4種類で、内、10台は、同じデザイ



ン(当車輌デザインとは違う)であったことが分かってる。





当車輌は、1954年のジュネーブのモーターショーに出品するために作られた



個体で、実際に展示された個体そのものである。(資料付き)



そして、おそらく、この1台しか、このボディは作られていない。






その根拠は:




当個体、1953年モデルと弊社では表記しているが、



1953年は、シャーシの完成イヤーで(ロールス社での)、ジェームス・




ヤングがボディを完成さえ デリバリーしたのは、1954年2月である。




だから、正しくは、1954年モデルとした方が良いかもしれない。



そして、1954年のジュネーブのモーターショーに展示される。



当時のコーチビルダーは、毎年、モーターショーに作品を(基本新作)展示



し、オーダーを受ける という商売をしていた。



当個体のデザインが、1954年の新作だっと思われるが、この個体以降、




ジェームスヤングは、13台のRタイプ・コーチビルドモデルを作ったものの、



内、2ドア・モデルは、2台しか作っていない。



しかも、内、1台(1954年8月)は、当個体とは異なるデザインだったことが



分かっている。



では、もう1台の「2ドア」は、、



これも異なる可能性が極めて高い。



それは、その個体が、当個体と同じ月にデリバリーされているから。



しかも、当個体のデリバリー時モデル表記は、




「2DOOR・SALOON・COUPE」とあり、




もう1台のは、「2DOOR・SALOON」だけ、




それに、同じデザインを2台作ったとは考えづらい。



元来、ジェームスヤングは、4ドア・モデルが得意分野なのだ。



1954年当時、ジェームス・ヤングの稼ぎ頭は、ロールスの「シルバーレイス」



におけるコーチビルドだった。



「シルバー・レイス」は、トータル「205台」もコーチビルドしている。




更に




1955年には新型モデル「シルバー・クラウド」&「S1」が発売されることが



分かっていた。



ユーザーも、わざわざ旧型モデルを新型モデル発売直前に買うわけがない。



こうして、当モデルは、新型クラウドの発売とともに過去の車となる。




どんな洋書(ロールス・ベントレー専門書)をみても、当個体の写真は、




1枚しか発見できない。




その1枚は、同じ写真で、白黒、1954年当時のマスコミ用プレス写真だ。



当個体、デリバリー時、ボディカラーは、グリーンと薄いグリーンの



2トーンカラーだった。 その白黒写真からも、そのことが伺える。





1991年 当個体が日本へ移住してきた。



まさにバブル期



Rタイプのコーチビルド・モデルを新車で買えた日本人など 一人もいなかっ



たが、バブル期の日本は、世界一の金持ち(ただ金遣いが荒かっただけだが)



ジャパニーズ・マネーを山積みして、世界中から名車を集めた。



当個体も、その中の1台。



まして、1991年は、コーチビルドの再評価が始まる前、、



当時のクラシックカー・バブルは、日本人だけで作ったようなものだが、




近年の世界的クラシックカー高騰は、世界中の国が参加している。



更に、この過去10年間で、最も値上がりした「金融商品」が「クラシック



カー」だったことが発表されてからというもの車に興味のない投資家まで



参戦、、株よりも土地よりも金よりも絵画よりも骨董品よりもワインよりも




クラシックカーが一番値上がりしたのだから、ほっておくわけがない。



もはや どうしようもない。クラシックカー市場には、世界中からファンドが



集めた投資マネーが溢れているのだ。




だが、、ある意味 当個体は ラッキーだった。



なぜなら、この お祭り騒ぎの主戦場 ヨーロッパから騒ぎが始まる前に



日本に持ち込まれたのだから。 日本など 彼らにしてみれば、地図上の



端の端、極東の小さな島国にすぎない。



そんな場所の小さな車屋(弊社)に当個体があったとて 誰も知らない。



まして、当個体は、おそらく1台だけの幻のモデル、、誰も知らない。



それの 何が好い?って



それは、安価だということだ。






この個体デザインを仮に 数台作っていて、それが、英国かヨーロッパの



エンスーの手元にあったとしたら、価格は高くなるだろう。



有名雑誌や専門書に取り上げられる可能性が高いからだ。



人は、雑誌や専門書で、もしくは実車を 見かけて欲しくなる。



だから、ある程度の台数を作ってくれていた方が見かける頻度が多くなり、



= 欲しい人が多くなる = 価格高騰 となる。



まして、海外の有名ライターが、この個体のヒストリーを調べ、名台詞ととも



に絶賛した記事を書いたとしたら、、



例えば タイトルが、



「ジェームス・ヤング 幻の1台 発見!」 とか、、



「ジェームス・ヤング 1台だけの遺産」 とか



「ジェームス・ヤング 頂点のワン・オフ・モデル」 とか




そう、、仕掛けて価格操作することもできる世界なのだ。




当然、うちではできないし、する気もない。
















さて、当個体の お話。




1954年 ジュネーブ・モーターショー出品モデル。




本国仕様 右ハンドル




国内1991年登録  その後、3オーナー



以前弊社で販売させていただいた「シーザー認定号」。




= 間違いの無い1台である。




外装は、前述の通り、色替オールペイントされていて、「レッド・パール」




*正式カラー名称ではなく、私が勝手に命名した。90年代に登場した



 純正カラー「レッド・パール」みたいな色だから。




塗料は、当時のラッカーではなく、近年のウレタン塗料であるから、管理は楽




コンディションも申し分ない。






ボディは、素晴らしい曲線を描くハンドメイドの総アルミボディ。



ジェームスヤングの特徴でもあるドア・ハンドルやトランク・ハンドルの



独特のデザイン(絶妙な曲がり)、それと四角いドア・スイッチ、



なんとも言えない優雅さだ。







ハンドメイドとは どういう作り方をするか:



まず、デザインをおこす、それを元に、実物大で、木骨ボディを作る。



それに、各箇所 アルミを合わせて整形していく。



使うのは、イングリッシュ・ローラーと呼ばれるアルミを曲げる機械と、



数十種類のトンカチ、、気の遠くなる職人芸だ。



彼らの、特に「御三家」クラスの職人が作るボディワークともなると、ロール



ス本社が作るスタンダードボディの精度など 到底及ぶものではない。



それは、= 全ての自動車メーカーが作るボディ精度に勝る。






内装も総張替えしている。



何年前に張り替えられたのか不明であるが、未だに綺麗なまま。



革自体の弾力も文句なし。



右ハンドルの右シフト、これが良い。



これが、左ハンドルだと、むりくり右からリンケージを繋げて、シフト・レバ



ーは、ハンドルの左脇、コラムMTとなる。これは不恰好。



最初は、ドアを開けた直ぐ前の床からシフト・レバーが生えてるから、



戸惑うであろうが、実は、この位置が運転に適している。



乗れば分かる。違和感は、3回も乗れば消えてしまう。



特に右利きの方なら、力が入りやすいので容易。



シフト・ゲージは H型、流石はロールス、カチカチと精密機械のごとく。




おっと、「クーラー」が付いてるのも ありがたい。



当時物じゃなくて近年物クーラー装置であるから、効きも悪くない。











機関系も「シーザー認定号」であるから、バッチリ!




元々、最初に弊社に入庫する以前から整備が行きとどいていた個体で、




前々オーナーは、日常の足としては、もちろん、数々のクラシックカーラリー



にも出場、某有名な大会では、優勝まで手に入れている。



「Rタイプ」は、速い車なのだ。





この直列6気筒エンジンこそが、当時「サイレント・スポーツカー」と呼ばれ



た名機中の名機。



並みのスポーツカーなど 音も無く静かに置き去りにした。




そのスピードを停めるブレーキは、前後ドラム式ながら、プラス「メカニカル



サーボ・ブレーキ」、、これは、ざっくり言ってしまえばエンジンの回転数に



応じブレーキをアシストしてくれるパワーブレーキ・システム。



これは、「イスパノ・スイザ」が特許を持つ優れものブレーキ・システムで、



ロールスのような巨大な車のブレーキとしてベストであろう。



このブレーキの恩恵で、現代の交通事情の中でも、ふつう〜に走れる。



もちろん、この時代の車は、要所要所、現在版に改良する必要がある。



主には 熱対策である。 当時は、こんな渋滞の中 走るなど想定が無い。




当個体は、すでに対策済み。



ラジエーターのOH、大型電動ファン増設、メカニカル・ファンを軽量化



(アルミ・フィンに)、イグニッション・コイルを近代物に、などなど










何度か走らせてみた:




右ハンドルの右マニュアルシフト、乗って慣れてくると、なるほど、走るのが



楽しくなる。



それも乗れば乗るほど 楽しくなる。 この車が 自分の手足のように操れる



ようになるには練習が必要だが、MTなれしている方なら時間は掛かるまい。



元来、ロールス&ベントレーのクラシックカーは、他メーカーの同年代モデル



と比べても、もっとも信頼度が高く、パーツ供給に困ることも無く、



安心して乗れる。











見たこともないような希少車ながら、やはり、この車は、「走り」を楽しむた



めに存在するようだ。




博物館に飾るのは、まだまだ、、50年先で よさそうだな。






まずは、写真64枚を ご参考に↓