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RollsRoyce Bentley Specialist

株式会社シーザートレーディング
TEL.
042-480-2222 (
営業時間10:00~20:00)
東京都調布市西つつじヶ丘1-58-12

ROLLSROYCEHEADLINE

 
  AUTO MAKER ROLLSROYCE 
  MODEL PHANTOM-Y 
 


 
  YEAR



1975




  EXTERIOR
DARK-BLUE

(ダーク・ブルー)
  INTERIOR BURGUNDY・LEATHER


(バーガンディ・レザー)
  PRICE \ ASK 
  km

96.485km


  AMMENITIES



ディーラー車 右ハンドル 




V8 OHV  6230cc   4速コラムAT




全長:604cm


全幅:201cm


全高:175cm


車重:2770kg


定員:7人





装備:



パワステ、パワーウインド、クーラー、ガラス電動パーテーション、ジャンプシート、


リア・センターキャビネット(グラスX4、ボトルX2)、 他





*ヘッドレスト


*HDD ナビ・TV (カロ AVIC-ZH09)


*ETC車載器





稀に見る超極上車!



車検:平成25年12月25日





 
  COMMENT









「マリーナ・パークウォード」コーチビルドの傑作



ディーラー車「19台」中の1台。






「ファンタム6
」!








解説:



1925年発表の「ファンタム1」から続く、ロールス・ロイス頂点モデル・・つまりは、世界の


自動車の頂点モデルに君臨する「ファンタム」の6代目である。



今回は、ちょいと時代を さかのぼって「ファンタム」自体の歴史から、簡単に、ご解説し


たい。





1904年創業の「ロールス・ロイス」が最初に、その名を世界に知らしめた傑作モデルが、


1906年に発表した「40/50ps」である。


直列6気筒・7036cc(後に7428ccに)、「ロイス」設計の自信作、、


このモデルの優れた性能をアピールするため、翌 1907年、「ロンドン〜グラスゴー間


ノンストップ・ラン」に挑戦する。




それまでの記録は、シドレーという車の「11.272km」


「40/50」は大人4人を乗せ昼夜を問わずノン・ストップで走り、、


叩き出した記録は「23.315km」!



ノンストップで東京・福岡間を12往復くらい、、今でも凄い、




しかも、走行直後の検査(機関を元の正常状態に戻すのに、いくらのパーツ代が必要か?)


の結果、パーツ費用は、僅かに「2ポンド2シリング」にすぎなかった。


この驚異的な記録は、当時の人々を驚愕させると共に、ロールス・ロイスのずば抜けた性能


を世を知らしめる。



この段階で、すでにロールス社は世界一の自動車メーカーと賞賛されている。


この記録を出した「40/50ps」は、シルバーにオールペイントされ、音もなく走行するこ


とから「シルバーゴースト」のプレートが張られていた。



この後、「40/50ps」は、「シルバーゴースト」のモデル名で販売されることとなる。



「シルバーゴースト」は、1914年から英国も参戦した第一次世界大戦中も軍需用として大


活躍する、、重い鋼板で仮装され機銃をつけた装甲車として、また、救急車、消防車など、


はては、まるでジープのような使い方もされた。



もっとも有名な話が、「アラビアのロレンス」こと陸軍士官ロレンス大佐が行なった「砂漠



の砂作戦」、、映画化もされたが、砂漠の中をラクダと「シルバーゴースト」で駆け抜けた





ロレンスは晩年、記者からの「今、一番欲しいものは?」の質問に、


「1台のシルバーゴーストと一生分のタイヤ」と答えたと言う。


この話は、逆読みすれば、シルバーゴーストは一生持つほど耐久性があるってこと。


「シルバーゴースト」は、永きに渡って生産されたが、


1925年、改良ともに新型モデルとなる。



モデル名「ファンタム」!



中身は事実上のゴーストであったが、ここから「ファンタム」の神話が始まる。



伝説の頂点モデル「シルバーゴースト」の正当な後継モデルが「ファンタム」なのだ。




1929年には、更なる改良が施され「ファンタム2」に


(直列6気筒OHV/7668cc)




1936年には、ついに飛行機のエンジンと形容された(実際には違うが)12気筒・



7340ccエンジンを積み「ファンタム3」に、




1939年、第2次世界大戦の始まりで一旦「ファンタム」の歴史は途絶える。



この戦中でも、ロールス・ロイスのエンジンは大活躍、自動車だけでなく、スピットファイ



ヤーなどの主力戦闘機のエンジンもロールス社が作っていた。



第2次大戦後、ロールス社が本社「クルー」工場で再開、生産・販売を始めたのは、194



6年からのことである。



当初、ベントレー「マーク6」とロールス「シルバーレイス」の販売でスタートしていたも


のの、


ロールス社としては、戦前の「格」を取り戻すため、頂点モデル「ファンタム」をも復活さ


せる必要があった。



そこで、1950年に登場したのが「ファンタム4」であるが、このモデル(直8気筒エン


ジンを積む)は、王族、皇族にしか販売されず、一般人への販売は皆無、1950年から5


6年の間に、僅か「18台」しか生産・販売されていない。


詳しくは割愛させて頂くが、要は「ファンタム」と名の付くモデルは、「そうゆう車」って


こと、、。



「格」を取り戻したロールス社が次ぎに発表した「ファンタム」が、



アルミ合金製・新型V8エンジンを積む、ファンタム5。



登場は、1958年のこと、、同じエンジンを積む、クラウド2(ベントレーS2)と同時に発表


された。




「ファンタム」のボディはロールス社の自社製(スタンダード・モデル)ではなく、全て、


社外の「コーチビルダー」によるハンドメイドで製作される。



「ファンタム5」は、トータル「516台」が10年間で生産(オーダー)された。




そして発売から10年が経った1968年、


エンジンが、「シルバークラウド」から「シルバーシャドウ」用に改良・出力UPされたV


8・エンジンとなり、「ファンタム6」に進化する。



初期モデルの「ファンタム6」は、エンジンの他、エアコンが前後独立式(分割式)となっ



たこと以外、機関的には、「ファンタム5」と さほど変わりがなかったが、、、今となっ



ては、ファンタム6を自ら運転したいオーナーも増えているため、この前後独立式エアコンは



大いに有りがたい装備となっている。




「ファンタム6」の作りは、伝統技巧そのまま・・・



エンジンなどの機関系付きシャーシ・アッセンブリーまでを「ロールス」社クルー工場で製



作、ボディは、「マリーナ・パークウォード」のウイルスデン工場で、、



木骨に合わせ、「イングリッシュ・ホイール」と呼ばれるローラーにアルミ板を挟み曲面を



作っていく、、仕上げや細部に至っては、数十種類にも及ぶ「ハンマー」で叩いて成型、、


張り合わせて、溶接、サンダーとヤスリで丹念に溶接部を削り、、さらに液体ハンダやパテ



で完全に平らに、、、気の遠くなるような工程で、ボディを作る。




しかも、精密機械のごとく・の精度でだ。



ファンタムの精度は、現在のモデルでさえ、超えられるものではない。








ファンタム6は、大きく分けて3度のマイナーチェンジ(改良)が行なわれた。


まず、1972年、ヨーロッパの安全基準(クラッシュテスト)をクリアするため、当初、観音



開きであったドアが通常のドア開きとなる・・観音開きドアのモデルを前期型としよう。



ついで、この安全基準を満たした「ヨーロピアン・セーフティ・スタンダード」と呼ばれる



モデルを中期型。



後期型は、ロールス製(GM改)の4速ATからGMの3速ATに、、エンジンが6230ccか



ら6750ccに変更された後のモデル.




(最初の1号車は1978年・エリザベス女王に納車された)。





生産台数内訳は、





1966年:プロトタイプ         1台



前期型:1968年〜1972年      131台


中期型:1973年〜1978年      175台


後期型:1979年〜1990年       67台   






     トータル:374台





当個体は、中期型に含まれる。





次に、ボディデザイン別の生産台数内訳、








1.マリーナ・パークウォード・リムジン    347台


2.マリーナ・パークウォード・サルーン     2台(ディヴィジョン無し)


3.マリーナ・パークウォード・防弾リムジン  5台


4.マリーナ・パークウォード・ランドレット   12台


5.Frua(スイスのコーチビルダー)       2台


6.霊柩車                      6台





で、トータル「374台」。当個体は、上記、1.に含まれる。





ファンタム5の時代に活躍した御三家コーチビルダーの1社「ジェームス・ヤング」は、19


68年前期を持って活動を休止したため、ファンタム6は1台も作れていない。




「HJマリナー」と「パークウォード」は、ロールス社の資本下、1962年に完全に合


併されたため、ファンタム6は上記の通り、事実上 1社独占によって生産されたモデルで


ある。


まあ、イギリスのトップ・頂点コーチビルダーが手がけたモデルであるから間違いがない。





しかし、、なぜ「ファンタム6」は1968年から1990年の22年間もの間に僅か「3



74台」しか生産されていないのだろうか、、。



「ファンタム5」は10年間に「516台」、、、いくつか理由が考えられる、、。





その1、




今も昔も最大のマーケットであるアメリカへの輸出が1972年以降、できなくなっ


たこと・・が最大の理由であろう。



1971年・突如厳しくなったアメリカの安全基準法規自体を改造なくして、クリアするこ


とができなかったのである。



今回「ファンタム6」の、どの部分が、安全基準に、引っかかったのか、アメリカの陸運局


の資料を調べてみた・・・驚くことに、それは実に、28項目にも及ぶ部分であった、、。



28項目全てを検証してみたが、実に くだらない点ばかりだ・・・



例えば、乗員保護インテリア、ハンドルの素材、ガラスの素材、ボンネット・ラッチの構造


、シートベルト形状、バックミラー、サイドマーカー、ワイパーなどなど、、、ファンタム


ほど頑丈で死なない車はないのに、、、あきれる。



更に、多少・無粋になるのを覚悟し、ファンタム6を改造すれば安全基準を満たすことは可



能であったと思われる・・・しかし、ロールス社は、それを好しとはせず、アメリカの「6



」におけるマーケットから手を引く・・・男前!



どの道、1974年以降には、「マイル・バンパー」規制が追加されるから、ファンタム6の



完成されたボディに、巨大なウレタン・バンパーを取り付ける気はなかったであろうが、、






*で、ファンタム6は1972年以降アメリカへは輸出されていないが、例外が2台だけあ


る。




1972年にニューヨークのイギリス大使館が1台。



1977年に、特別に政府の許可をとった「ビル・ハーラー」氏が博物館に入れるために1



台、、これが有名な「ハーラー・コレクション」の内の1台となる。









その2、






「ジェームスヤング」が参加していないため、ボディデザインに選択枝がなく、1度購入さ


れたオーナーが同じデザインの車を買い直すことが少なかった。車は長持ちするし


、、。





その3.




あまりにも高額な車となってしまった。



最終、1億円以上の販売価格となり、世界一高額な車となってしまう。


ファンタム6は100%受注生産で、ディーラーのショールームにならんでいるわけではない。


オーナー自ら、自分の好みの仕様でオーダーする車である。


*私の知るかぎりで(国内)、もっとも高額であったのは、1989年ごろ目黒通りの某車


屋さんに展示されていた「ファンタム6」新古車(1988年式)で、2億5千万円のプライ


ス。



この個体は、後に弊社で仕入れることになるが、、スイスの業者が買っていったため、



もう日本には住んでいない。








上記の理由で、わずか「374台」の生産にとどまった「ファンタム6」であるが、、


では、「ファンタム6」が正規に新車で輸出された国別台数を・・多い順に7位まで、





1位:イギリス    221台


2位:香港       24台


3位:日本       19台


4位:サウジアラビア 14台


5位:フランス     11台


6位:スイス      9台


7位:イタリア     7台





 

日本が、たった「19台」で、3位に入っているのが興味深い。





マーケット的に分類すると、



本国UKの221台、アジア全域で60台、



ヨーロッパで43台、中東27台、アフリカ、10台、、他16台となる。



基本的に石油などの天然資源が採れる国の国王クラスは、ほぼ全員ファンタム6を購入して


いる。



日本の皇室も1973年式とおぼしき黒塗りのファンタム6を購入し、御料車としていた。



この「御料車・ファンタム6」は、現在、御料車から外されているが、今でも皇居内にあり、


大使館大使交代時の ご挨拶時などのおりに、送迎用として使用されていると聞く。






今回、ディーラー車「19台」の年式を調べてみた。





70年:1台


71年:1台


73年:2台


74年:1台


75年:6台


76年:5台


84年:1台


85年:2台     トータル:19台





ファースト・オーナーは、ほとんど、有名大企業など、聞き覚えの有る、もしくは誰もが知


っている法人名、個人名が並ぶ。


この19台に陛下のファンタム6は含まれていないようだ。





当個体は、10番目に輸入されたディーラー車である。


当個体も、また、ファーストオーナーは誰もが知っている超有名企業、、


普通に運転手付きで乗られていたようだ。



で、走行距離こそ日本人的には延びている?が、もう38年前の車、年間にすれば、2500km


ほどの走行距離に過ぎない。


むしろ、年間2500kmほど走ってくれている個体の方が、メカ的には安心だ。



この法人様が1989年まで所有、



それを、私も旧知の業者さんが仕入れ、経年劣化が見られたという理由で、ボディ・ペイン


トは完全に剥離されオールペイントが施された。



*ファンタム6のオリジナル塗装は、全て「ラッカー」であるから、必ず、「塗装クラック」


 が入る。誰かが貧乏くじを引いて(ボランティア活動)、オールペイントする必要がある
  




その後、3法人・1個人に名義が変更されているが、新車時のオリジナル装備(ラジオ、8ト


ラ・カセット)の装備は、そのまま残されている。





当個体は、




以前当社で販売させていただいた「シーザー認定・中古車」



前回の入庫時


ベース個体としては素晴らしかったのであるが、、個人的には、気になる箇所多数


、、例えば、前述の通り、既に一度大掛かりなオールペイントが施されていたが、気にいら



ない部分は、そっくり再ペイントし直した。もう、ほとんどオールペイントみたいになって



しまったが、ダメなものは正しいものに直すほかない。





内装も、一部ウッドにクラックありで、、ついでに全てのウッドを新品リペア。


レザーも、オリジナルのままであったから、少々スレが目立ってきていたので、新品仕上げ


ではなく「いい感じ」にリペア、、この風合いの出し方が難易度の高い職人芸、、数ヶ月を


要したが、仕上がりは、素晴らしい。



いわゆるレストア物ってわけではなく、今から20年前くらいの風合いに戻したって感じの


仕上がり具合、、◎。



上記作業を施してから、走った距離は、3千キロほど、



まったく変わりなくキレイなままだ。




すっかり、前おきが長くなってしまったが、、まっ、こうゆう歴史的にも貴重な


モデルに乗るは、その歴史にのるも同じ・・知っていてこそ、ありがたみが理解できるとい



うもの・・ご寛容の程、、。










それでは、↓これより、内外装エンジン・ルーム 写真63枚 & さらに詳しく!








 
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
 





外装は、ソリッドの「ダークブルー」。






前述の通り、一度、完全なオールペントが施されている上、当社前回入庫時、再仕上済みにて、



文句なし!



しっとりした艶をだす。



「ファンタム」の塗装・・かくあるべし!







ハンドメイドの総アルミボディ。



ドア開閉時のボディとのクリアランスには毎度、驚かされる。



開閉時、ドア(ヒンジ部)とボディの隙間には爪は当たるが、新聞紙なら当たらない。



これほどの精度を誇る車は、ドイツ車でさえ見当たらない。


この精度は、必要以上の仕事で、、この「仕事」を褒めてくれた(評価してくれた、気づいてくれた)ユー



ザーはいなかったのではなかろうか?



、、職人の意地と みた。






巨大なパルテノン・グリルは、見るものを圧倒する・・・そして、その上に鎮座する



「フライング・レディ」マスコット、、著名彫刻家チャールズ・サイクス作・作品名「スピリット



・オブ・エクスタシー」、、グリルも職人さんによるハンドメイド物で、ファンタムならで



はのエッジのとがり尖り具合がシビレル、、70年以降のモデルで、ここまで、グリルのエッジが尖っている



モデルは、ファンタム6とカマルグだけだ。



ここを尖らせるのがもっとも難しい・・とロールス社のグリル職人さんに聞いた。



この「6」グリルの縦横比こそ、戦後ロールスの中では最も美しいと思われる、、



これだけ見ているだけでも飽きることはない。





全長:604cm


全幅:201cm


全高:175cm





現行モデルのNEWファンタム(BMW製)は、ショートボディで、583cmX199cmX165cm,


ロングホイールのEWBで、608cmX199cmX165cm。


全長、全幅は、ほとんどEWBと変わりないが、注目すべきは、全高、10cmも「6」の方が高い!



当時は、正装時ハットをかぶっていたため、、ハットをかぶったままでも乗り降りできる為の仕様であるが



、、、迫力と威厳に満ちる。




ボディデザイン、製作ともに「MPW」、「5」の時代、いくつかのボディデザインを持っていた「MPW」



であるが、「6」になると、最も人気の高かった当ボディデザインに絞る







「ランドレット」や「防弾車」は、全て国家君主クラスの方専用、、。



この時代に「ファンタム6」を購入する場合、ロールス社からの審査をパスする必要であったという。



日本は、審査が、あまかったという話であるが、世界では多くのユーザーが、ロールス社からお断りされた



。ロールス社が想定する相応しくない人物・には販売しなかったのである。



審査をパスしなかった方には、、「貴方様には、シルバーシャドウのロングホイールベース



が宜しいかと存じます」なんて内容の やんわりした お断りの手紙が届いた・という話が残されている。



これは、おそらく階級制度の残っていたイギリス国内においての話であろうが、、、



日本人でも「ランドレット」のファンタム5や6を過去、新車で購入できた(した)方は一人もいない。






ファンタムとは、本来 そういう車 





自動車界の「王様」は、いつの時代も ファンタム という名を持つのだ。









   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
 




内装は、「バーガンディ」レザー。




「ブルゴーニュ」の英語名:「バーガンディ」




お写真でも、ご理解いただけようが、「いい感じ」の仕上がりである。


レザーも、決して新品風ではなく、時代を感じさせながらも、スレやヤレ、ヨゴレ、劣化は


存在しない。







しかし、、毎度、この贅沢なレザー張りには驚かされる。




コノリーレザーの贅沢すぎる使い方の代表作!



座面の1枚革の使い方、、リア・シートの横幅いっぱい1枚革の使い方、、まったく、すごい。



いったい何頭分の巨大コノリーを使用してるのであろうか、、



しかも、この品質のコノリー・レザーは、現在では入手できない。










「ウエリントン」地方で生産された最高のウール・カーペット・・


カーペットの縁にまでコノリーレザーが囲む。





ウッド:お約束の「バーウォールナット」張り、、点数の多い、このウッド、、これも前述



の通り、全てリペア済み。



ダミーウッドのような安っぽい艶ではなく、高級感あふれるオリジナル・ウッドの深い艶を


復元した。




あらゆる部分で左右均等模様張り(木工細工用語でブックマッチ)・のロールス特有のウッド職人ワザが見



られる。








一見、フラットのフロントシートには、運転席と助手席用で各2ケづつ(計4ケ)、アーム



レストが収納されている。このアームレストを出して運転すれば、体は固定され、意外にも



ホールド性は悪くない。



着座位置も高いので視界も良い、、バスに乗っているよう、、、



2tトラックを運転すると思えば、、、なんてことない、、遥かに簡単に運転できる。








リアシートは、正に動く応接間、、座り心地ときたら、、そこから動きたくなくなるほど・



・・王様気分ってやつ。



イギリス式に、リアシートの方が前席シートより一段高い位置にある。馬車時代からの伝統






センターのキャビネットは、中心から左右均等柄にバーウォールナットが張られ、それだけ


で、1流家具・・フタを開くと、「ロイヤル・ドルトン」製のクリスタル・ボトルが2ケ、


、グラスが4ケ、



このグラス、1つだけ種類が異なる。専門分野ではないが、、、4つのグラスの内、1つはイギリスの


「ウェッブ&コルベット」製(コンコルドの機内グラスを提供したことで有名なメーカーであるが、196



9年には「ロイヤル・ドルトン」傘下となっている)、残り3つは同じもので、カッティングのキレいな



クリスタル・グラスではあるが、、、ロイヤル・ドルトン?私にはメーカーが特定できない、



が、安いものではない。





クーラー、ヒーターともにリアシートにもスイッチがあり、温度調整、風量調整もできるし



、吹き出し口もリア専用ものが数箇所にある。




エアコンではなく単純に別系統のクーラーとヒーターなので「効き」も好い。






折りたたみ式の「ジャンプシート」が2個・・・これは本来、、そう、、例えば、リアシー



トに天皇陛下とアメリカ大統領がお座りになった場合に、双方の通訳が座る席だったりする



ので、一段低く、リア席と対座にはなっていない。



このクラスの車を購入するオーナーにとっては、必要装備だったのであろうが、、



今となっては、どうゆう風に使用するかというと・・・子供用の席か、、「足置き」。



   
   
   
   
   
   
   
   
 







エンジンは、基本設計が、アルナージ・シリーズまで引き継がれることになるアルミ合金製・V8・



OHVエンジン、6230cc。



毎度、書かせていただいているとおり、この必要以上に頑丈なエンジンに、心配はご無用。



100万マイル耐久と言われる、このエンジン、適切な整備さえ怠らなければ、オーナーより先に死ぬこと



はない。



余計な お世話でトラブルの元となるコンピューターなんてものも付いていない。


もちろん、弊社の納車整備には 再び 1ケ月以上を要し、万全をつくす。







このブレーキ・システム・・メカニカルサーボ付き



ファンタム6は最後まで「ドラム・ブレーキ」であるが、クラウド同様、戦前の名車「イスパノ・スイザ」が



特許を持つ「メカニカル・サーボ」付きで、エンジンの回転する力から動力を取り、ブレーキをアシストす



るパワーブレーキ。(後期型はシャドウ式の油圧)



よくできたブレーキ・システムで、完全に整備された個体であれば、この巨大な車を停めるのに、これ以上


に、心強いブレーキはない。



このブレーキ、当社は、必ずオーバーホールしてから納車する。



これポイント。  現在でも「普通」に乗れるわけは、このブレーキ・システムにある。







キャブレターは定番のSUツインであるが、「ファンタム」は、結局、最後の「ファンタム6」(1990


年シルアル)まで、この「SUツイン」のままであった。


これは、複雑なコンピューター制御のものを使うより、整備性を重視したためで、いかなる場所においても


、簡単に直すことできる・ことを優先してのこと、、。





事実、



「ファンタムY」の時代までは、ファンタムをオーダーすると完成までに1年から2年ほど



かかったのだが、、、完成まじかになると、オーナーは、自分の運転手をロールス社に送る・・・



運転手専用の教習所があったのだ。



この教習所では2週間かけて、正しい運転手たる運転の仕方、マナー、車の磨き方、整備までもを教わる・


・・



そうして、教育の終わった運転手とともに、車(ファンタム)も納車される・・というわけだ。



だから、運転手でさえ整備のしやすいSUツイン・キャブにこだわった。



この教習所、卒業するとロールス・マーク入りの帽子を授与された・・・ほしい。



ただし、教習内容は、尋常ではない・・



例えば、バックで、なるべく後ろを振り返ることなく縦列駐車することを、教習コースでなんども練習させ


られる・・後ろを振り向いて、オーナーと目が合うなんてのは、とんでもない・・ご法度。



ドアの開閉の仕方ひとつとっても、、例えば、閉める際、6インチ手前(約15cm)で一旦、ドアを止めて


から、ノブに手を添えてまま、やさしく押すように閉める・だの・・・



エスコートの仕方でも男性の場合と女性の場合で異なるし、、女性の場合、目線を下にしていてはいけない



(おみ足を見てはならない)、とか、、。




運転手の心得編では日本人には理解できないほど厳格な決まりを教わる。



例えば、オーナーが火のついた葉巻を灰皿においたまま、車からでていった・・としたら・・運転手はどう



すれば好いか?



正解は、、、その葉巻を ずっと、見てる・だ。


オーナーはすぐに戻ってくるつもりで、わざと火を付けたまま出かけたのかもしれないし、、



そして、その葉巻が灰皿から落ちそうになったら、落ちる直前に手で拾う。



例えば、誰かの自宅のパーティに招かれ、車を乗りつけたとき、運転手が、一番先に行なうことは?   



 正解は、その家の給仕長に、その家の「しきたり」を聞く・だ。








ファンタムのシャーシは大型トラックのごとく頑強だ。



例えば、武装した集団の車に前方を塞がれた場合、運転手は、オーナーの指示さえあれば、迷わず、アクセ


ル全開、、前にいる車を吹っ飛ばして、逃走しなくてはならない。



そのため、ファンタムの縦方向の頑丈さは乗用車レベルのものではない・・装甲車の役割も果たす。



たとえ、マシンガンでラジエーターが蜂の巣にされたところで、このエンジンが止まることもない。



国家君主や世界中の超金持ちにとって「ファンタム6」に乗るは、生命保険でもあったのだ。



「ファンタム6」は、幾多の実際におこった物語に基づいて語り継がれ、、いつかは伝説化していくことで



あろう。








まっ 日本で乗るなら、そこまで かしこまって乗る必要も、まったくない。



日本は どんな車にも乗って好い 車天国の国、、



要は、楽しければ、それで好いのだ。



お奨めは、オーナー自らハンドルを握る、、。



運転するのに難しさは何も無く、、(だって、男子なら2tトラックくらいだれでも乗れるでしょ・・同じ)



乗れば、、確実に至福のときを味わえる。



ファンタム6を運転できるなんて、なんて幸運なんだ・と思って頂いて好い。



どこへ出かけていっても待遇が違う・・・1流どころ(ホテル、レストランなど)なら、なおさら、、



おまわりさんには敬礼されるし、、。











天下のファンタム6、おまけに19台しかないディーラー車!



当社でできる「一時預かり人」としての仕事は果たした、残るは、納車時に、、、



、世界において、もっとも安心して運転できるファンタム6の1台である