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RollsRoyce Bentley Specialist

株式会社シーザートレーディング
TEL.
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営業時間10:00~20:00)
東京都調布市西つつじヶ丘1-58-12

CAESAR COLLECTIONSHEADLINE

ASTON MARTIN

  MAKER ASTON MARTIN
  MODEL DB7 Vantage Volante
  YEAR 2002'
  EXTERIOR BOWLAND・BLACK


(ブラック・メタリック)
  INTERIOR KESTREL・TAN・Leather 

(ダーク・タン・レザー)
  PRICE \ ASK 
  MILEAGE 40.619km
  AMMENITIES


ヨーロッパ仕様 新車並行(もしくはD車)




左ハンドル


 

V12  DOHC  5935cc




5速フロアAT





馬力  :420PS/6000rpm


トルク :54.5kgm/5000rpm




最高速: 266km



0−100km: 5.2秒




全長:466cm


全幅:183cm


全高:126cm




車輌重量:1920kg



定員: 4人






装備:





電動オープン、本革シート、PS、PW、オートエアコン、幌カバー、




他フル装備





後付け:





* カロ インダッシュ「ナビ」「地デジ」



* バックカメラ



* ETC車載器







内外装機関ともに超極上車!




車検:2021年 6月13日




 
  COMMENT





アストン・マーティン



「DB7・ヴァンテージ・ヴォランテ」



「DB7」は、1994年~2004年の間に生産されたモデル




当個体は、「DB7」の後期型「ヴァンテージ」の「ヴォランテ」である。






「ディヴィット・ブラウン」=「DB」の名を持つ「DB7」は、1967年の「DBS」



以来、実に 27年ぶり





このモデルは、「TWR」の代表、元レーシングドライバー「トム・ウォーキンシャー」氏



、及び、当時、「アストン」の役員に復帰していた「ディヴィット・ブラウン」を中心に



開発された。



その意味でも、「DB」の名に相応しいモデルである。




トム率いる「TWR」は、ジャガー「XJ-S」をレーシングカーに改造し、各レースを転戦



1984年には、ヨーロッパ・ツーリング選手権でもチャンピオンになったほど、



トムは、「XJ−S」が大好き、また そのポテンシャルに魅了されていた。



「XJ−S」の次世代モデル「ジャガーXK」が誕生したとき、このモデルのスーパー版を



「アストン」社に提案する。



*当時、「ジャガー」と「アストン」は、同じ「FORD」傘下にあり、プラットフォーム



 やパーツをジャガーから借りれることを見越して。




そのお陰で、開発コストは最小限に抑えられるし、何より、「TWR」が試作した



「アストン・マーティンDB7プロトタイプ」の出来は素晴らしく、それを観た「アストン」



「FORD」の役員は、GOサインを出す。




これにて、当モデルは、「TWR」主体で開発されることに。



そして、何より、この開発チームに大御所サー「デイヴィット・ブラウン」が参加していたの



は歴史的にも興味深い。







1993年3月 ジュネーブのモーターショーで初お披露目



販売は、1994年より、





当初発売の「DB7」は、



TWR開発の直列6気筒スーパーチャージャー、3228ccで、




340馬力/5500rpm、



トルク:48kgm/3000rpm



最高速:MT(266km)、AT(257km)



0−100km : MT(5.7秒)、AT(6.4秒)




このモデルは、バカ売れ、歴代アストン最高販売台数を記録する。




1996年:オープン版「ヴォランテ」追加




最高速:249km



0−100km: MT(6.0秒)、AT(6.6秒)





1999年 : 




これまた、TWR、及び、「コスワース」「FORD」の協力で完成した新型12気筒エンジ



ンを積んだ「後期型」「ヴァンテージ」が登場!



人気は、一気に「ヴァンテージ」に、で、この年「6気筒」モデルは生産中止となる。





「ヴァンテージ」






12気筒 DOHC 48バルブ  5935cc 




420馬力、トルク:54.5kgm



最高速:  MT(296km)、AT(266km)



0−100km:MT(5.0秒)、AT(5.1秒)






1999年 同時に「オープン版」=「ヴァンテージ・ヴォランテ」も発売。



最高速: 共に「266km」



0−100km:MT(5.1秒)、AT(5.2秒)





数字のとおり、「6気筒」モデルから大幅パワーUP!



更に、直6モデルでは、性能に大きな差があった「クーペ」と「オープン」モデルとで、



ほとんど性能差がないモデルに仕上げている。




それは、このエンジンのお陰で、最大パワーを「6000回転」、最大トルクを、「5000回転」



で迎えるという今どきのモデルでは、まず見ることのないパワー特性のお陰。



アクセルを踏み込めば、大トルクに押されるように、どこまでも加速していく という感じ。



これが、アストンらしい乗り味を生んでいる。



このパワーを支えるため、ボディ剛性の強化、エアダム大型化、



ブレーキも大口径ブレンボとなった。



余談ながら、



私は、1995年、ロールスロイスの「クルー工場」を訪問した際、工場内で、なんと「DB7」



が塗装されているのを見た。



当時は、秘密だった気がするが、今では公表されている事実。




1994年当時、アストン本社「ニューポートパグネル」工場には、「DB7」を量産するスペー



スは残されていなかった。



94年当時「ニューポートパグネル」では、「V550」を作っていた。



このモデル、ハンドビルドで、恐ろしく製作期間が掛かる。



そこで、「ジャガーXJ220」を作っていた専門工場(オックスフォードシャー州・ボックス



ハム工場)を買収、この工場を「DB7」専門工場とする。




エンジンは、「TWR」工場で生産するのだが、



この工場、当初、94年~98年まで、「塗装ブース」がなかった。



そこで、塗装を、なんとっーー「ロールスロイス」社に依頼していたのだ。




「DB7」は、生産中止の2004年までに、およそ7000台を生産、歴代アストン最高販売台数



をたたき出す。



そして、生産中止とともに、この工場は閉鎖、売却された。



現在、その場所には印刷工場が入居しているが、もう この場所で、クルマが作られること



はあるまい。



以降「アストン」は、FORD傘下時代に作った新工場「ゲイドン」で生産されている。



かつての「アストン」とは、まったく異なる最新工場であるが、、




大事な なにかをなくしたようだ。









さて、当個体の お話




ヨーロッパ仕様 新車並行 左ハンドル


もしくは、



ディーラー車 左ハンドル



たしか、このモデルは、ディーラー型式認定を取得していなかったと記憶しているが、



車検証上だけみると、新車並行、、どっちかだが、どちらも「仕様」は同じなので、



今となっては調べるまでもないだろう。






以前弊社で販売させていただいた「シーザー認定号」!



ただし、「解説文」を書くのは、今回が初めて、前回は、すぐに売れてしまったから。



更に~「DB7」自体の解説文を書くのも初めて。



それほどまでに入庫しないモデル ということ。



「ヴァンテージ・ヴォランテ」、1999年~2004年の間、




総生産台数: 「2046台」*「2059台」説有り





いったい何台が国内で売れたのか資料がない が、間違いなく、ごく僅かな台数である。



滅多に売り物さえみかけない。






実走:40.619km!




そりゃキレイです。



「6速MT」と「5速AT」の選択肢があったが、当個体は、「5速AT」。



どちらも同じ価格で、1650万円だった。



このモデルが完全なるスポーツカーであれば、「MT」のが好ましいかもしれないが、



「DB7」は、スポーツカーではない。



ってか、「アストン」自体が、スポーツカーメーカーではない。



何屋さん? って、




それは「貴族が お洒落して、200km超の世界で、おねえちゃんを口説くためのクルマ屋」



プラス・彼らの血筋は、野蛮であるから、凶暴さも車に求める。



正式な場所には、ロールス&ベントレーで乗りつけ、一方、意味もなく、死の匂いがするヒリ



ヒリする速度域で、かっ飛ばし、コーナーをせめる それは、「アストン」で、、



そう、それこそ、「ジェームス・ボンド」の世界。



だから、「007」の映画には、「アストン」が似合うのだ。



スポンサーの関係で他メーカーの車に乗るのは やめてほしい。



「ボンド」は、「アストン」、もしくは「戦前のベントレー」に乗っているべきだ。





そして、当「ヴァンテージ・ヴォランテ」も「ボンド」好みに仕上がっている。



イギリスが好む「粋だね」が、随所に見受けられる。



実用度も高い。




幌は自動開閉、ラッチを外し、スイッチを押すだけ




オープンに、「7秒」


クローズに、「8秒」ほど、




幌の裏生地は、「アルカンターラ」張りとくる。



幌自体のコンディションも◎!




外装は、「BOWLAND・BLACK」




ブラック・メタリックだ。



塗装コンディションも申し分なし。




全長:僅かに 466cmであるから、扱いやすい。





内装は、「ケストレル・タン」コノリー!




ダークタンの「コノリー」レザー!



「DB7」は、2002年モデルまで、「コノリー」レザーが張られていた。



「コノリー」社は、2002年末で、自動車革供給部門を止めてしまったから。




後付けで、




・カロのインダッシュ「ナビ」「地デジ」「バックカメラ」が奢られている。



即戦力。







走らせてみよう:




キーを回し、赤いエンジンスターターボタンを押す。



ヴオンと唸るように、12気筒が目覚める。



エンジン音は、決して うるさいものではない。



「TWR」「コスワース」「FORD」の共同開発



これに、「ザイテック」のエンジンマネージメント、信頼度は高い。




走り出せば、さすが「ヴァンテージ」の名に恥じない加速、街乗りレベルでは、こいつの



本性の一部も引き出せはしない。



高回転になれば、豹変して本性を覗かせるが、総じて、まあ乗りやすい。



足回りは、前後共に「Wウィッシュボーン」、クセもない。



曲がる、止まる、文句なし。



このクルマは、むしろ、女性が運転していた方が絵になるかも、、。










「DB7」、このモデル名は、サー「ディヴィット・ブラウン」から正式に許可をもらい



つけたもの。



この「正式」は、この「DB7」が最後となった。



1993年3月 ジューネーブのモーターショーでお披露目されたモデルを、彼は見ている。



だが、



1993年9月3日




サー「デイヴィット・ブラウン」は、亡くなった、、。



そう その命は、「DB7」の「発売」には、僅かに間に合わなかったのである。



アストン史上、最高台数のオーダーが入るさまを、みせてやりたかったが、、。



でも きっと安心して目を閉じたはずだ。



彼の名をもつ「DB7」は、永遠に乗り継がれ、語り継がれるのであるから





          
                   サー「ディヴィット・ブラウン」に捧ぐ







一時預かり人募集!





まずは、お写真「93枚」! を、ご参考に  ↓