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Rolls-Royce Bentley Specialist

株式会社シーザートレーディング
TEL.
042-480-2222 (
営業時間10:00~20:00)
東京都調布市西つつじヶ丘1-58-12

CAESAR COLLECTIONSHEADLINE

FERRARI

 
  AUTO MAKER FERRARI 
  MODEL TESTAROSSA・SPIDER
  YEAR 1987'
  EXTERIOR ROSSO-CORSA


(ロッソ・コルサ = レッド)
  INTERIOR TAN- LEATHER 


(タン・レザー)
  PRICE \ ask 
  MILEAGE トリップ上: 14.350mil (22.960km)
  AMMENITIES



ヨーロッパ仕様 中古並行 左ハンドル
 





水冷180度V型 12気筒 DOHC 48バルブ 4942cc  




5速MT




馬力 :390ps /6300rpm




トルク:50.0kgm /4500rpm




最高速:285km





全長:451cm


全幅:197cm


全高:116cm



車両重量:1710kg


定員:2人








内外装機関共に、超極上希少車!
 






車検:平成29年10月12日まで

 
  COMMENT


「テスタロッサ・スパイダー」


 

 By「R・ストラマン」








「22台」だけ作られた「ストラマン・テスタロッサ・スパイダー」。




世にも珍しいモデルであるが、まずは、軽く「テスタ」解説から。






1984年10月2日  パリ、シャンゼリゼ通りにある「クラブ・リド」




にて、1台の新型フェラーリがお披露目された。




そのモデルは、数日後、パリ・サロン(モーターショー)で正式に



デビューする。




それが、512BBの後継モデル「テスタロッサ」である。



無論、その名は、かの名車「250テスタロッサ」のリバイバル。




「赤い頭」の意味を持つ、テスタロッサだが、それは、500テスタの



赤く塗られたシリンダーヘッドを真似てのこと。




デザインは、「ピニンファリーナ」だが、フェラーリから依頼され、




ラフ・デザインは、1978年ごろには すでに完成していた という。





おそらく「テスタ」で初めて使用したのではなかろうか?




ピニンファリーナが導入した最新の「空洞実験装置」を駆使し、空力



を極限まで煮詰めていく、、試行錯誤の末 完成した、そのモデルは



エンジンルームの熱対策で、左右リア・フェンダー内に電動ファンを



持つが、これにより、サイドフィンは、柘植のくしのごとく となり



全幅は、2mほどというワイドボディとなった。




エンジンは、512BBと同じ180度V型12気筒であるが、各所に



改良がされている。「4バルブ」ヘッドも新設計だ。




スペックは、




馬力: 390PS /6300rpm  (BBiは、340馬力)



トルク:50.0kgm /4500rpm (BBiは、48kgm)




それでいて、512BBiより、74kg軽量



最高速は、285km (BBは、268km)



この怪物を停車させるブレーキには、ATEから供給されるモリブデン



鋼を鋳造して作られたベンチレーション・ディスクブレーキ。






「テスタロッサ」は、84年末から市販され、日本では86年から販売さ



れた(新車時:2450万円)。



日本では、これよりバブル期に突入、90年のピーク時には、テスタは



入手困難の超人気モデル、並行即納車には、プラス2千万円なんて



プレミアム価格がついていた。






「テスタ」は、マイナーチェンジにより「初期」「中期」「後期」



の3つのモデルに分類される。





今の時代は、ここがキモだ。




*「初期モデル」:85年〜86年




・特長は、サイドミラーが片方だけで、Aピラーの上部につく。



・ホイールは、「センターロック」



・エンジン型式:「F113A」







*「中期モデル」:1986年の終わりごろ〜1987年途中まで




・特徴は、サイドミラーが、通常位置に左右



・ ホイールは、「センターロック」



・ インジェクションが、ボッシュの「K」から「KE」ジェトロに


 
 これにより、アスセルレスポンス向上、低速域でもキビキビした


 
 走りに。



・初期モデルの欠点、オルタネーターベルト(プーリー)が太いもの



 に変更。これにより、高速での長距離巡航が安心に。




・エンジン型式:「F113B」に





*「後期モデル」:1987年終わりごろ〜1991年最終まで



・ホイールが、5穴ホイールに。




当個体は、センターロックの「中期モデル」






生産台数:「7116台」





ご存知のとおり、今の時代、「テスタ」は、古い方が高い。




世界的価値は高い順に「初期」「中期」「後期」となる。




現在、前代未聞 世界各国全員参加のクラシックカーブーム、、



数年前まで見向きもされなかった「初期」モデルは驚くほど高騰。



せめて「中期」のセンターロック・ホイールじゃないと世界じゃ



通用しない。



その理由は、2つあるようだ。



まず、初期、中期モデルは、生産から、30年が経過しているため、



ヨーロッパ諸国では税金が大幅に減税される。そして、それが、



中古車ではなく、「クラシックカー」に仲間入りした証。



「クラシックカー」は、投機の対象にもなるし、なにより、オーナー



にとってクラシックカーを所有することはステイタス。




だが、最大の理由は、生産台数の少なさであろう。




年ごと生産台数:



1984:  110台



1985:  568台



1986:  819台   *「初期」トータル:1497台



1987: 1008台   *「初期」「中期」トータル:2505台



1988: 1072台



1989: 1126台



1990: 1308台



1991: 1166台   *「後期」トータル:4672台





この生産台数の違いが価値まで左右してしまう。



それが証拠に



「テスタ」の後継モデル、92’発売「512TR」の生産台数は、2261台



94’発売「F512M」は、501台、どちらも生産台数が少ないので、



年式は新しいが、価格は高騰した。







さて、「テスタロッサ」の「スパイダー」の話




フェラーリ社が公認し「ピニンファリーナ」で作られた「テスタ・ス



パイダー」は、1台しか存在しない。




あまりにも有名な個体であるが、それは、「ジャンニ・アニエッリ」



が、FIATの社長に選ばれた際、フェラーリ社がプレゼントした車だ。



外装は「メタリック・グレー」で、ボディ下とウインド下にブルーの



アクセントラインが入っていた。



このモデルは、1986年2月27日〜6月16日の間、僅か3ケ月半ほどで



作られた。




足の悪いアニエッリのためにクラッチやらなにやら改造を加えた上、



この短期間完成、、大丈夫なのか??という1台であるが、




長い間、この個体は、息子が運転してクラッシュ、全損したという噂



だった。 参:「FERRARI SERIAL NUMBERS MANUAL」と



いう専門書中でも、その個体は、「Crash」と記載されている。




ところがだ、この個体は、2016年 海外オークションに出品される。



オークション解説を読んでみると、アニエッリがポーカー仲間に売っ



た とされ、クラッシュのことは書かれていなかったはずだ。



おそらく、レストアされたな、、



驚くべきは、その落札価格、、「1.012.080」ユーロ!



当時の為替は忘れたが、本日現在なら、ユーロのTTS価格は、



132.65円= 1億3千425万円!





このオークション解説文には、興味深いことが書かれていた。



略・・多くのコレクターが、同じテスタ・スパイダーを望んだが、



フェラーリは決して注文を受けることはなかった、そこで、




「熱心で裕福なコレクターは、米国のリチャード・ストラマンなどに



 依頼した」





さあ、「リチャード・ストラマン」の話に入ろう。





もち、創業者の名前、カリフォルニアのコスタ・ミラにあった



会社名:「リチャード・ストラマン・コーチワークス」



世にも珍しい「オープンカーにする専門会社」である。



会社自体は、1980年から歴史にカウントされているが、実際の創業は



1960年代であろう。



そのころは、「Rストラマン・レストアレーションズ」と名乗ってい



たと思われる。



当時の「Rストラマン」に関する記述は、ほとんど残されていない。



だが、当時 働いていた元職人が、こう書いている記述を見つけた。




「ロールス・ロイスやベントレー、デューセンバーグ、フェラーリ



 などの超高級車をレストアしていた」



彼は、この会社で腕を磨き、後に独立しているが、「Rストラマン」



で修行したことを自慢している。



よほど優れた職人集団だったことが伺える。




一般的に調べることができる「Rストラマン」の歴史は、1970年代



初頭から始まる。



1台のフェラーリを「スパイダー」に改造したところから。




その最初の1台が、1967年式「275GTB/4」クーペだ。



本物「スパイダー」は、10台しか作っていないから、生産中止後、



欲しくなったオーナーが依頼したものだが、この「作品」の完成度の



高さが評判となり、瞬く間に その名が広まる。




この作品から、「Rストラマン」は、フェラーリ専門のオープンカー



改造屋として、沢山のオーダーを抱えることになる。




当時から高価だった「275GTS/4」も9台、「デイトナ」は、40台も



「512BB」は、3台をタルガに(この作品はミニカー化され現在も



入手できる)、「400iカブリオレ」には、「ロッド・スチュアート」



が乗っていた。



「フェラーリのオープンカー屋」「Rストラマン」の名は全米に



絶対的な信頼と共に轟く。




80年代に入ると




フェラーリ以外のモデルの注文も多くなり、その腕に目をつけた



地元「シボレー」「GM」ディーラーや「日産」ディーラーまでもが



、最初からオープンカーにして売りたいという大量オーダーまで。




「Rストラマン」は、2003年に会社ごと引退したようだ。




私が調べた限りではあるが、「ストラマン」によりオープンカー化さ



たモデル別、台数を見てみよう。





・フェラーリ 「275GTB/4」   1台



・      「275GTS/4」   9台



・      「デイトナ」    40台



・      「512BB」タルガ  3台



・      「400&412」   51台



・      「テスタロッサ」  22台



・      「456」      3台



・      「348ts」「550マラネロ」他 複数台





・ロールス・ロイス 「スパー」:4台




          「カマルグ」:1台?




・メルセデス  「300CE」 :35台




・       「SEC」  :116台




・カマロ&トランザム    :608台




・キャデラック「エルドラド」:121台



・ホンダ「CRX」      :310台



・ニッサン「フェアレディ300ZX」:421台




他モデルも多数




この台数でも ご理解いただける通り、「Rストラマン」は世界一



大規模なオープンカー屋だった。



当然、設備は充実しており、独自のツールを駆使し、モデルごとに、



「クーペ」時のボディ剛性を計測、オープンカーにした際も剛性が



変わらないように、設計図から作り、ボディ補強が施される。



この剛性における高度な技術こそが、門外不出、他社では真似できな



い1社独占のノウハウだった。








では、続いて「テスタロッサ」の「スパイダー」に話を絞ろう。




「テスタ・スパイダー」は前述の通り、フェラーリ公認は、1台しか



存在しないがスパイダーにした会社は「ストラマン」だけではない。





まず、有名な個体が「ブルネイ国王」特注物。



王様がピニンファリーナに直接オーダーした「テスタ・スパイダー」



なんと「11台」。



ただし、このモデルには、フェラーリ社は反対で、非公認、で、



社名にも「FERRARI」の記載なしという。



王様ご所有の特注モデルは、ロールス&ベントレーでも多いから



よく存じ上げているが、このテスタ・スパイダーも独特のデザインが



追加されていて、、、ノー・コメントとしておこう。








・「ローレンツ・ランケル」ドイツ :「5台」



・「バルディーニ&Co」イタリア  :「1台」



・「Pavesi」イタリア       :「1台」



・「Variusボディショップ」イタリア:「1台」



・「ケーニッヒ」ドイツ      :複数台?




あと無名どころで、数台というところだろう。




「Rストラマン」は、「22台」、桁が違う。



しかも、オープンカー専門店が最新技術で作った作品、他スパイダー



とは、クォリティが違うであろうことは想像に容易い。




日本で住んでいる「テスタ・スパイダー」は当個体とT兄貴の



「ケーニッヒ・スパイダー」の2台だけだと思われる。








やっと、、当モデルの話:





「Rストラマン」が最初に手がけた「テスタ・スパイダー」は、



「マイケル・ジャクソン」からの依頼だった。




彼が起用された1987年放映「ペプシ」のTV・CM中で、ほかにない



インパクトのあるオープンカーを登場させたい:というマイケルが出



したアイデアが、「テスタロッサ」のスパイダーだったのだ。




1986年後期モデルで、ボディカラーは、ブラック。



このCMは、今でもネット動画などで観れるはずだ。



かっこいい、、たしかに かっこいい。



このCMを観たテスタ・オーナーが、21人、「ストラマン」に依頼



し、トータル:22台が作られる。





注)海外サイトでは、生産台数を「12台」としてる例が多い。



本場、アメリカの大手販売店でさえ、「12台」と解説しているから、



本当は、12台なのかもしれないが、「22台」という数字は、



私が見つけた「Rストラマン」社の広告中で・自らが公表している数



である。こちらを正しいとしよう。





余談ながら、マイケルのテスタ・スパイダーは、撮影中後半、スタン



マンがクラッシュさせてしまったという話。



大事故車であるが、この個体はレストアされ、随分前(まだテスタが



安価なころ)オークションに出品され、キレイに生まれ変わった姿を



みせた。



今この個体が売り物になったら、とんでもなく高額であろう。





では、「ストラマン・テスタ・スパイダー」の第三者評価は?



これは、米国有名雑誌「ロード&トラック」1987年9月号中の記事が



参考になる。



表紙は、「ストラマン・テスタ・スパイダー」



うちのと同じ赤いスパイダー。



その記事中には、「作り方」も書かれていて:




「屋根をとることで、不足するボディ剛性は、シャーシ両サイドに



 補強材のチューブを通し、それを大きな当て板をカウルまで走らせ



 ることで解決。更に、カウルからフロント・サスペンションを含む



 フロント廻りにはXメンバーが通される。更に、サイドステップに



 も補強が施される」




幌については:




「折りたたんだ幌は、シートスペースを、まったく犠牲にすることな



 く、コンパクトにシート後部にキレイに収まる」





総評として:



「ストラマンは、我々が見てきた中でも最高のエンジニアリングと


 
 コンバージョンを達成した。 中略



「我々は、このハンドメイドの傑作が、将来、有名なクラシックカー



 になると確信する」





辛口「ロード&トラック」誌のライターをもってして大絶賛。









いよいよ、、当個体の話





イタリア、トスカーナ州、リヴォルノ




歴史ある古い石作りの建物と運河が交差する風情ある港街、、



この街は、大型フェリーも立ちよる、造船の街としても有名だ。




この街の貸し倉庫に、こいつは住んでいた。




VIN:ZFFAA17B000068815




フェラーリは、VINナンバーで仕様が分かる。



4桁目の「A」=テスタロッサ「ヨーロッパ仕様」



6.7.8桁目の「17B」=テスタロッサ「ヨーロッパ仕様左H」



*例えば「17J」は日本仕様。「17A」US仕様とか。



そして、末尾3桁で、87’「中期」モデルであることが分かる。



「テスタ」は専門書があるから、まだいいが、本来フェラーリは、



モデルに関係なく作った順にVINを打刻していくので、年式を調べる



のは ややこしい。




だが、当個体の場合、前述した専門書「FERRARI・SERIAL・・」中



319ページに記載あり。



2006年発行の この本には、すでに当個体、こう記載されている。




「Spider Conversion By STRMAN」



「Red/ Tan LHD EU」*外装:レッド、内装:「タン」EU左H




世界は、当個体が「ストラマン・スパイダー」と認識しているのだ。




この個体は、数奇な運命を辿ってる。





最初は、ヨーロッパの国にデリバリーされ、その後、アメリカ、カリ



フォルニアに渡る。



これが、1992年のこと。



しかし、製造から25年以内の車の場合、EU仕様の車をカリフォルニ



アで、US排ガス規制を通し、ナンバー取得するのは簡単ではない



(日本は簡単だけど)。



かなりの費用と根気が必要となるから、一般にはやらない。



新車時にアメリカ仕様で輸入された個体には、米国仕様プレートが



張られていて、それなら、簡単に登録できるから、その個体を



(海外に流出した)買ったほうが早い。





当個体の排ガス規制クリアは、「G&Kオートモーティブ」社という



大手排ガス業者で行われ、US認可プレートが張られているので、



アメリカ国内はもとより、ヨーロッパを含めた世界中で売ることも、



乗ることもできる。



これだけでも、かなり レア個体だ。



このとき、「テスタ・スパイダー」となる。



そして、この個体をアメリカで見つけた前オーナー(日本人)により



ジャパニーズマネーに物を言わせ、1994年 日本に持ち込まれる。



日本でも、排ガス規制クリア、日本のナンバーがつく。



それから、2009年まで、国内実質1オーナー。



この年、旅に出る。



この時の走行距離が車検証で確認できる。



2005年5月30日:13.600km(マイルの間違い=21.760km)



2007年6月29日:13.800km(マイルの間違い=22.080km)







前述の「リヴォルノ」の地に向かうため。



日本から直接イタリアにテスタを持ち込むのは難しい。



で、最初は、英国に輸出された。そこから陸送。



目的は、当個体を、自身ご所有の大型豪華クルーザーの後部デッキに



収納するためだったそうだ。



おそらく、2010年になっていたであろう。この地に着いたのは。



当時、大型クルーザーのオーナーの間では、後部デッキに、ジェット



スキーとオープンのスーパーカーを収納しておくのが基本だったそう



、、恐ろしい基本である。






数年後、腰を悪くして、もほやイタリアに行くこともできなくなった



オーナーから、弊社で買い取ることになる。



それが、2015年のこと。



日本に持ってくるのは、とにかく大変だった。



下準備だけで数ヶ月を要した。



おそらくは、2年ほどエンジンも掛けていなかったようだから、



まずは、安全にエンジンを掛けるだけの整備をしなくてはならない。



考えたあげく、地元のフェラーリ・ディーラーに基本整備を依頼、



積載車で一度引き取ってもらって、整備完了後、再び倉庫に戻し。




安全に動かすことができることを確認後、弊社スタッフが現地に飛び



、車輌確認及び、手配していた空港(空輸)までの積載車積み込み手



伝い などなど



すったもんだで、うちにやってきた。




2015年10月、弊社名義で国内登録。



この時の走行距離:14.100km (マイルの間違い=22.560km)



*当個体は、アメリカ登録するため、スピードメーターは、



 外「マイル」、内「km」のW表示メーターに。



 トリップメーターもマイル・カウントとなっている。




じゃ いままで何をしていたか?



そりゃ 整備を含めた レストアしてたのです。



日本に来て、私が診てみたら、、やりたいこと、いや、やらなければ



ならないことが山積みだった。



まずは、整備から、



イタリアのフェラーリ・ディーラーでは、安全にエンジンを掛けると



いう整備代だけで、30万円ほどの請求書(イタリア語で よく分から



ない)だったが、タイミングベルトなどは、交換してないので、。






左右ガソリンタンク内の洗浄から始まり、フューエルパイプ・フュー



エル・フィルターの交換、メッシュフィルター洗浄、左右「フューエ



ルポンプ」交換、「カムオイルシール」「カムカバーGK」「デスビ



オイルシール・&GK」、オイル類交換などなど



当然、「タイミングベルト」、テンショナーベルト、ウォーターポン



プシールなども交換。






続いて、外装:飛び石箇所など気になる箇所、塗装                


続いて、ホイール・リペアとか、タイヤ新品交換、ハンドルをオリジ



ナル物に戻したりとか、リア・ガーニッシュをイタリアから取り寄せ



てもらって取りつけとか、カーペットもイタリアから取り寄せて、



室内、トランク内まで、全張替え などなど、2年ほどを要した。




これにて、やっと「シーザー認定号」!





そして、走ってみた:




慣らし運転は終了済み、「オープン」にしても随分走り回ったから、



今度は、高速を走りたい。



この「幌」の耐久性を試したかった。



調布インターから中央フリーウェイへ



書けないスピードで走る。



実に良い。  幌はクローズ状態だが、バタ付きは感じない。




幌の骨組みは、スティール製、更に、幌内側に、ブーメラン型の補強



パネルが左右に入る。このパネルは脱着式で、高速でも飛ばさない限



りは、付けなくて問題ない。



開閉も難しくない(ユーチューブで開閉動画公開中〜)。



幌は前述記事の通り、コンパクトに折りたためシート後部に見事に



収まる。



確かに、シート・スペースを まったく犠牲にしていない。



通常は、八王子インターまでのテスト走行だが、気持ちよくなって、



ついつい通り越してしまった。



あれっ 次のインターは? しばらく走ってないので、忘れた。



しばし走ると、相模湖東インター  ここで降りる。



大失敗。 このインターには、出口しかなかった。引き返せない、。



携帯ナビで検索すると、近所のインターは、「高尾山」



ナビに誘導され走り出す。辺りは、真っ暗。



少し走ると、、あれれ 山道に、、しまった。



そうか ここは、、へアピンカーブとタイトコーナーが連続する



「大垂水峠」だ、、



すでに会社の営業時間は過ぎ、皆を会社に待たせている、、



早く帰らねば、、いきなりのヒルクライム状態。



しかし、流石の「ストラマン」、コーナリング時でもボディ剛性は



バツグン!普通のテスタと変わりない。




この峠は、4kmほど続いた。



ロードホールディングも文句なし。



「テスタはケツを振るので危ない」という話を聞くことがあるが、



それこそがテスタの魔性、、テスタロッサというクルマは、スピード



感を麻痺させてしまう。




それほど乗りやすい ということ。



つまりは、ついつい自分の腕でコントロールできる範囲を越えたスピ



ードを出して、ケツを振るハメになる。



それを事前に頭に叩き込んで、自分の腕を過信せず、コントロール



できる範囲内で運転すれば、こんな楽しいスーパーカーはない。



ただし、フェラーリというクルマが世界中で愛されている理由は、



いつでも死の危険を感じる という非日常性を秘めているからだ。




確かに「デザイン」も素晴らしい、、



確かに「音」もいい、、エンツォは、音をチューニングする、、



彼は、超一流の音楽家だ。



だが、フェラーリから、死の匂いが消えてしまったら、それはもう



フェラーリじゃない。






無事に会社到着。




堪能した、そして驚愕した、、




「ストラマン」の技術と精度が生み出す、このクルマの面白さに。






現在のトリップは、「14.350マイル」=「22.960km」



2015年再上陸から、250マイル=400kmも走破。



このトリップは、もちろん、実走証明できない。



だが、専門家に鑑定していただいたところ、どっちにしても、



かなり走行距離の少ない個体であることは間違いないなく、実走 と



した方がリアリティがある。とのこと。




私の鑑定も同じで、逆に そうでなければ、この◎コンディションと



の釣り合いがとれない。



あとは、百聞は一見にしかず、、実車を。






長々と解説を書いてきたが、それは、ほとんど私の趣味。




本当は、このクルマに解説など必要ない。



私だって、買ってから 調べたのだから。




単純に カッコイイ だけ。




「ストラマン・テスタ・スパイダー」が、他社スパイダーの中でも



一番 平たい(幌をシート後部に収納できるお蔭で)。 



それが、実に カッコイイのだ。




私も予言しておこう、、




「このクルマは、将来、もっと価値と評価を増す」 と。







それでは、写真74枚を 映画のお供に↓